3
さて、場面を“現在”へと巻き戻せば。
此処は一応 ポートマフィアの五大幹部、中原中也氏の所持するセーフハウスで、
そうと知った上での訪問であらば、
そこに居合わせた青年を彼だと把握するのは至極当然な反応だろう。
それに、この御仁は くどいようだが どこにでもいよう凡庸な風貌ではない。
ワイルドなシャギーカットの赤い髪が映える、鋭角な面立ちもそれは端正で、
ちょいと喧嘩っ早いお人だが 黙っておれば銀幕のスタアかと誉めそやされそうな美形でもあり。
マフィアきっての体術使い、その体躯もようよう鍛え上げられた鋭利なもの。
異能で重力という重きものを操る関係でか、身長があまり伸びぬまま成人となってしまわれたが、
そんなことなぞ何するものぞで、
裏社会を蹂躙闊歩するポートマフィアの屋台骨を支える頼もしき存在。
組織や首領への忠節も堅く、それでいて部下にも寛大で人望もあっての、
今や押しも押されぬ五大幹部が一角を担う重鎮だ。
そんな人物が、名実ともに頭角現したときに相棒だったのが、
今は表社会に籍を移した太宰治という青年で。
中原が鋭角的で華やかな風貌なのに比して、
太宰の方は嫋やかな雰囲気がまずは目に留まろう 繊細な拵えの外見がそれは麗しい、
知的で折り目正しい、いかにもな正統派文学青年風の柔和そうな印象のする青年で。
男性の中にあっても目立つだろう高身長に、
厳つくはないがそれでも十分頼もしかろう
精悍さを備えたかっちりとした肩や均衡整った四肢をしており。
武装探偵社という軍警かかわりの調査局に籍を置く今、
日頃の常々には その甘い美貌へ笑みを絶やさぬ、至って社交的な人物である。
“…。”
外見も肩書も性格も対局にある彼らながら、それでもどこかに似たところがあると思う。
例えば、太宰はその回りすぎる頭脳をもってして周到な策を構える段取りを、
人との付き合いにも発揮することがあり。
私と仲良くなったってロクなことないよという振る舞いや
嫌がらせだよとぬけぬけと言ってた手酷い指示などが、
ずんと後になって、実は大層 心を砕いてくれたそれ、
自分が憎まれ役になってくれた対処だったってことが往々にあったり。
はたまた中也の場合、
いかにも気が短そうな揮発性の高そうな言動を発揮して大荒れと見せておいて、
その実、人払いをした格好で追い払った部下らをとっとと休ませたくての態度であり、
追い出された先にて行き届いたケアが待ち受けているといった粋な計らいを為すこと数知れず。
そんな風にふところ深く、傲慢なだけではきっと思いつけなかろう慈愛へもちゃんと通じておいでで、
情に手厚い、柔らかいところも持ち合わせているにもかかわらず、
自分とのかかわりは良からぬものまでもたらすだろうからと、
あくまでも自分の側が悪いという格好で遠ざけんとするところとか。
“……。”
そんな方向で、素直じゃあないなぁという苦笑と共に
似た者同士という感慨を持つのは
どちらとも長らく、若しくは深くお付き合いがあってののちに感じることなので。
そうでもない相手へ言ったとて、ただただ怪訝そうな顔をされるだけだろうし、
当人に言いでもした日にゃあ、
せっかくの美貌が台無しなほどに苦々しい顔をされ、
一体どんな趣旨替えをしたのだ、しばらく会うのは辞めとこうなどと言われかねないのであるが…
“そんな御託はどうでもいい。”
ああ、すいません。現状へ戻ったんでしたよね。
今の今、中原中也氏の所持するセーフハウスで、非番のその身を寛がせていた まだまだお若い男性は、
一見すると…赤い髪に青い瞳をした比類ない級の美丈夫様。
ちょいと小柄ながらも鍛え抜かれた肢体をややカジュアルな普段着に包んだ、
間違いなく、このフラットのオーナーの “中原中也さん”ご本人なのだが。
とあるアクシデントから厄介な異能をかぶってしまい、全くの別人が封入されている状態だからややこしい。
当事者自身が鏡を始終見てでもない限り うかーと忘れるほどの自然さでの入れ替わり。
とはいえ、癖や何やに違和感がなくはなく、それがほころべば事情を知らぬ者には混乱が生じるとあって、
とりあえず身を隠せと言われて吉報を待ってた隠れ家だというに。
何でまたそこへ、異能無効化という能力を目当てに
中也 in 芥川が探しに出向いたターゲットである太宰治がやって来るのだろうか。
仲いいじゃないですかと恨めしく思ったのも束の間で、
『……げ。何で居るのさ、キミ。』
『まずは居ないだろうと思って来たのにさ。
せっかくの非番だろうに、敦くんに逢いに行かないの? 中也。』
顔を合わせたと同時という即撃で、
せっかくの美貌を惜しげもなく歪め、いかにもな罵倒句を並べていたということは、
此処に“中也”は居ないと目串を差していた太宰だということではなかろうか。
だとしたら、その相性は…果たして良いのだかお悪いのだか。
錯綜が過ぎてのこと、裏の裏をかいたら表だったというややこしさなのかも知れぬと
ふと思ってしまった芥川だったりもしたのだが。
となると、
“どうしたものだろうか…。”
不意で不法な訪問者を前に、内心でそりゃあ大きに狼狽しまくり、
どんな態度で当たればいいものかという窮地に立っている現状に変わりはない。
くどいほど紡いだように、今の自分の外観はこの師匠が忌み嫌う重力使いの幹部殿だ。
今は敵対する間柄だからという単純なそれじゃあなく、
親しかったからこそ遠慮がないものか
それとも かつての汚れ仕事で長く相方を務めてきた間柄ゆえに
お互い様ではあれ非道だった過去を思い出す鍵として 憎々しいほど虫唾が走ってしまうのか。
そんな錯綜なぞ今いきなり深慮を挟んでも読み取れるはずはなく、
とりあえず、中也がそうと言い置いた対処に支障が出ないようにするしかないかと、
眉を寄せてチッと短く舌打ちをして見せ、腰を上げかかっていたソファーにどさりと座り直した。
やや乱暴な態度、嫌いな対象への露骨な嫌悪の顔。
行儀くらい知っているのに、雑に構えてそっぽを向き、
「…手前こそ、何でこんなとこに居るんだよ。」
滑舌よく言えたとホッとする。
離れての行動となる直前まで自分の姿が芥川のそれなのだという自覚が薄かった中也へ
単独行動して大丈夫かと案じたが、
成程、取り替わった相方が傍に居ないと意識するのが難しい。
自分とあの先達もまた性格が大きくかけ離れているし、
何より、この太宰への見識や態度もまるきり違う。
中也からすれば対等な喧嘩相手で、
忌々しいが過ぎて いつか死なすという物騒な文言が
もはや別れのご挨拶代わりになっているほどという仇敵だが、
自分はといや、出会ってからこっちのずっと、
行きがかりからのことながら憎まれを叩くよな間柄となってしまっていても
結果どこかで敬してやまぬ態度が出ていたと思う。
短期集中で裏社会での生き延び方を叩き込まれ、
実力の世界ならではな意味での上下関係を思い知らされた。
今にして思えば まだまだ世間や世界を知らなんだからではあれ、
彼もまたまだ未成年だったにもかかわらず
余裕で大人らを率い、それは狡猾周到な処しようで“強者”であった太宰を前に、
それまでは通じた強引な戦法や価値観を否定され、
見込まれたはずの異能もほぼ素手による組み手で手玉に取られての叩きのめされ。
しまいには畏怖なのだか憎悪なのだか判らなくなるほど振り回された挙句に
何の言伝てもないまま捨て置かれ。
自分など何の価値もない存在であったのかと思い知らされたことを反動に、
焦がれるほど執着しつつ、唾棄せんばかりに憎き相手だと思うようにしたけれど。
今にして思えば、
そこまでやらねば鋭に冴えた殺気をまとえぬ、
しゃにむなだけで真の非情になれない、手のかかる弟子だったのだろうななんて。
やはりやはり、自分などではその深慮なぞ覗けもしない、
何をどう構築なさっておいでかなぞ
片鱗の把握さえ不可能な御仁なのだと改めて噛みしめておれば。
「キミ、もしかして中也じゃないでしょう?」
ぼろを出さないようにと最小限の振る舞いでいたというに、
やはりどこかで遠慮が挟まる態度が滲み出していたのだろうか。
あっさり言い切られ、しかもハッとして顔を上げれば、
「見くびらないでくれたまえ。
結構長いこと相棒だったのだよ? 奴の癖や何や本人以上によく知っている。」
こうまでつけつけとあしらわれて、なのに黙って睨むだけってのがまずおかしい。
倍は違おう背の高さで威圧されようと、
私に遠慮なんてしない奴だから、言いたいことはズバズバ言うし、
同じ空間に居るのも不快だろうから出てけと、座敷犬よろしくきゃんきゃんと噛みついてくるはずだ
…などと言いたい放題をされたことで、
あああ やはりそうだろうよなと、自分と中也との内面の差異を見抜かれた慧眼へ舌を巻く。
あれほどの喧嘩腰なオーラなぞ そうそう容易く放てるものじゃあないし、
どれほど憎んでも恨んでも結局は執着が拭えなんだこのお人を前に、
付け焼刃的に出来る事には限度がある。
「……。」
それでも何とか、双眸をしかめて睨んできた相手なのへ、
ふと、鷹揚そうに腕を組んでいたそのままの上体を前へと倒し、
自分を睨み上げている“中也”をまじまじと覗き込んで来た太宰。
武装探偵社へも、自分らが関わったところの 精神と肉体を入れ替える異能者の話は回っていたのだろうか。
なので、どこかの怪しい組織の人間がポートマフィア幹部に成り代わっているのかという方向で
この危険分子めと疑っておいでなのだろうか。
うっそり伸ばした前髪の陰から、忌々しいほど知的に冴えた眼差しを真っ直ぐ据え、
そのまま じりとも揺らさずじぃいっと見やること数刻。
「……。」
本来は手弱女に使う言い回しだが、
まるで水蜜桃のように柔らかめで淑と甘い美貌の君。
半端なツンデレ少女あたりなら意固地になった心持ちごとあっさりと陥落させられよう真摯な凝視で、
何か咒でもかけているのかと思うよな見つめられ方をされ、
“先達でもこうまで不審な態度はおかしかったか?”
こちとら物理的な容れものは 中也本人には違いないが、
何分にも相手は様々な異能に文字通り触れてきたスペシャリスト。
その地位に目を付けて中也に化けた怪しい不審者だとでも思われているのじゃあなかろうか。
だったら このままでいては彼へ迷惑を掛ける結果になりはしないか。
師匠からの久々の嫌悪の言いようやあからさまな不審顔が
何とか押し隠してはいるが 実のところは精神的にぐさぐさ来ていることもあり、
冗談抜きに芥川としては息が止まりそうなほど居心地が悪かったのだが、
「…キミ、もしかして芥川くんかい?」
「……っ☆」
うわぁ、何で見通すのだこのお人はと、
飛び上がりまではしなかったものの、ついつい視線が揺らいだのは致し方がない。
「君らの前でどんな偉そうな幹部殿なのか知らないが、
中也はもっと判りやすいからね。
私からの煽りにあって、こうまで言われちゃあそうまで冷静ではいられまい。」
やはりその辺りを不審に思っていた彼だったらしく、しかも
「うん。あまりに表情が固まってるから不自然で。」
そうと言って ふわりと笑ったお顔は
最近の日頃、自分を甘やかさんと手ぐすね引いて構える折のお顔そのまま。
「〜〜〜。//////////」
いつもいつもそりゃあ大人げない罵倒の応酬をしている存在を前にして、
それでもそんなお顔が出来るのか.
ずば抜けた慧眼の持ち主ならば、
それは憎々しいとしている風貌でもその中身だけを把握できるものなのか。
事態収拾するまで 破綻が生じぬようにという義務感から、
自分は今、中原さんの見目なのだと
咒のように言い聞かせていたものだから、むしろ芥川の方に戸惑いが濃く、
「どうしたの?
ああそうか、居心地悪かろうね、それに距離だってあるもんねぇ。
そうまでおチビさんの視線じゃあ。」
くすすと笑い、数歩ほどの間があった間合いを詰めるように歩みを進める。
柔和なお顔は普段向けてくださる種の柔らかさで、
何でそんなことが出来るのかと思う感覚も薄れかかったのとほぼ同時、
「待て糞サバっ、俺に触んじゃねぇ!」
「そうですよ、太宰さん。中也さんに触れないでっっ!」
それはドタバタと騒々しい物音がし、
恐らくは半人半虎で駆け付けた名残だろう、腕と脚が虎仕様のままな敦と、
いやに伝法な口を利く“芥川龍之介”とがリビングへ駆け込むと、
さすがというか戦術に通じるセンスは大したものだからか、
その黒衣からシュルシュルと伸びて来た黒獣にて
茫然自失しかかっていた“中原中也”を掻っ攫った手際の見事さよ。
「う〜ん、何かシュールな図だと思う私の方が正しくないかい? この場合。」
後輩にあたろう白黒コンビ二人に盾になっての庇われている重力使い殿。
滅多に見られなかろう構図へ、しょっぱそうに笑った太宰だったのは言うまでも無かったりする。
to be continued.(19.09.17.〜)
BACK/NEXT→
*相変わらずの冗長ですいません。ちょろっと書けそうなネタなのにねぇ。
中敦篇は短くまとめられたけど、
こっちのお二人はまだまだあしらう扱いは出来ないキャラなようでございます。

|